文学百景 其ノ三「おぼえているえほん」
文学百景 其ノ三
ヒマリ「おぼえているえほん」
不思議な懐かしさ NERO弦巻
きんぎょがにげた ごみたろう はらぺこあおむし エリック・カール さむがりやのサンタP・ブリッグズ わたしのワンピース にしまきかやこ 三びきのやぎのがらがらどん マーシャ・ブラウン すてきな三にんぐみ トミー・ウンゲラー ぐりとぐら なかがわりえこ しろくまちゃんのほっとけーき わかやまけん ねないこだれだ せなけいこ いないいないばあ まつたにみよこ
未だ来ぬわたしはわたしがこれらの本を読んだことを忘れてしまったかもしれない。わたし自身であるはずの将来のわたしが、まるで他者のように感じられる。現在のわたしですら、本屋で偶然それらを見つけるといったきっかけがなければ、過去のわたしが上に列挙した絵本を読んだ記憶を想起することはない。しかし、これは社会生活を困難にするほどの記憶の欠如ではないし、この程度の忘却では自己同一性に深刻な危機が訪れるはずもなく、とくに感傷に浸る気も起きない(不安の端緒となることは承知している)。
失われたものと最初から存在しなかったものを同じように扱うことを、あらゆる抵抗から意味を奪う暴力行為、または巧妙な欺瞞と評すべきか、それとも、ある種の諦念、はたまた一種の健康法と見なすべきだろうか。